【長崎グラバー園】絶対に見ておくべき歴史的建造物を8つ紹介します

国内旅行

長崎市って見所ありすぎなんだけど、必ず行くべきところってどこかな?

この記事では、こんな疑問に答えていきます。
僕が個人的に必ず訪れるべき長崎の観光地は、南山手にあるグラバー園です。

 

前回、長崎の見所として稲佐山公園を紹介しましたが、今回は稲佐山と並ぶほどの人気を誇り長崎の顔ともいえる観光地、グラバー園の見所を紹介していきます。

長崎は16世紀後半から多くの外国人貿易商がビジネスのために長崎を訪れるようになり、日本を代表する国際貿易港として大いに賑わった時期がありました。

 

特に市内南部に位置する南山手地区では、外国からやって来た貿易商達が住む西洋風の家が建築されるようになっていきます。

 

グラバー園は、その時代の長崎を忠実に再現したテーマパークです。

 

グラバー園に行けば、日本の近代化に多くの外国人が関わっているのを知ることができる意味で大変勉強になる観光地です。

記事を読みながら、一緒に勉強していきましょう!

 

 

グラバー園 基本情報

 

 

グラバー園は、長崎港を一望できる南山手町の小高い丘にあります。
この場所には、1859年に江戸幕府によって行われた鎖国から長崎港が開放された時に、チャンスだとばかりに多くの外国人貿易商がやって来て長崎に住居を構えるようになりました。

これによって、長崎は外国の文化が盛んに入る国際貿易都市として、横浜、函館、神戸、新潟と共に賑わいを見せるようになったのです。

やがて貿易商達は、港が見える南山手地区に瓦を使用した独自の洋風建築の家を建てるようになり、南山手地区は外国人居住区の中心となり発展していきました。

その中で、

  • トーマス・ブレーク・グラバー(スコットランド出身)
  • フレデリック・リンガー(イングランド出身)
  • ウイリアム・ジョン・オルト(イングランド出身)

の住んでいた住宅が国際貿易港だった時代の長崎を象徴する建物として戦後長崎市に買い取られ、改修工事の後に一般に公開されるようになったのです。

そして1974年、長崎市内にあった居留地時代の貴重な住宅を南山手に相次いで移転させ、テーマパークとしてグラバー園は完成しました。

 

グラバー園を訪れたらなるべく時間を作って、のんびりと古き良き時代の雰囲気に浸かってみましょう。

 

グラバー園 開演時間と入場料

 

 

グラバー園の開園時間は午前8時〜18時まで。

年中無休でオープンしているので、年末年始にも訪れることができるのが強みです。

また、季節によって夜間も開放されていて、園内から綺麗な夜景を眺めることができます。

  1. 4月の終わり頃からGW頃まで 〜20時まで
  2. 7月から10月の半ばまで 〜21時30分まで
  3. 10月半ばから11月3週目頃の毎週土曜日 〜20時まで
  4. 11月4週からクリスマス 〜20時まで

というように行われています。
こちらは今後変更の可能性もあるのでその都度HPなどで確認しましょう。

入場料は、

大人 620円
高校生 310円
小中学生 180円
となっています。

グラバー園 園内から見た長崎港の景色

 

 

園内は丘陵地になっているので、急な坂が続きます。
大浦天主堂近くの第1ゲートの入場口から入ったら、このような長い動く歩道が完備されているので、それに乗って上の方まで行きましょう。

 

 

1番上まで行くと、このような美しい長崎港の景色を見ることができます。
港の対岸にある工場群は三菱造船所、そして頂上に電波塔が見える大きい山は、長崎のシンボルでもある稲佐山です。

稲佐山の夜景も素晴らしいですが、ここグラバー園から見る夜景も評価が高く、夜間開放の季節には多くの人が訪れます。

 

夜間開放の日には、グラバー園の住宅もライトアップされるので、夜景と共に必見です。

 

グラバー園 建造物①  旧三菱第2ドックハウス(移設)

 

 

グラバー園で、まず最初に見るであろう建造物が、こちらの旧三菱第2ドッグハウスです。
建物の隣には、もう一つの入場口(第2ゲート)があります。

1896年に建築されたこの建物は、三菱造船所の第2ドッグの所にあったもので、船が造船所で修理をされている間に乗務員が待機するための宿泊施設の役目を持っていたそうです。

1972年に長崎市に寄贈され、この場所に移築されました。

室内は自由に見学ができ、昔の長崎港の写真や造船所など船に関する貴重な写真が展示されています。

グラバー園建造物②  旧長崎地方裁判所所長官舎と旧ウォーカー住宅(移設)

 

 

旧長崎地方裁判所所長官舎は、1883年に長崎控訴裁判所(今でいう高等裁判所)として建てられた建造物です。

明治日本の西洋建築を象徴する貴重な建物として、1979年にこの地に移りました。
当時長崎市にあった洋風の官庁の建物は、ほとんど原爆によって破壊されてしまった中、この建物はほぼ唯一生き残った貴重な存在です。

残念ながら中には入れず、外観だけの見学となります。

 

 

その向かい側にあるのが、こちらの旧ウォーカー邸です。
元々は大浦天主堂の近くにありました。

イギリス出身のロバート・N・ウォーカーの次男のロバート・ウォーカー・Jrが住んでいた家で、大正時代にこの家を購入。
1958年に亡くなるまで、この家に住み続けました。

ちなみにロバート・N・ウォーカーは、船の船長として日本に来日。
その後長崎で、「R・N・ウォーカー商会」という海運業の商社や、「バンザイ清涼飲料工場」を立ち上げ、ジンジャーエールなどの清涼飲料水の生産に成功するなど、大きな功績を残しました。

会社名に「バンザイ」とつけるくらい日本を愛していたんですね。

息子のJrは、日本人と結婚して日本国籍を取得して、バンザイ清涼飲料の経営を父から譲り受けて生涯長崎に住み続けた大の親日家でした。

ひろたか
ひろたか

ロバートウォーカーの兄、ウィルソンも船長として有名で、グラバーと共にブルワリー(現在のキリンビールの前身)を経営したり、ホテル経営をしたりと優秀なビジネスパーソンでもあったそうです。

 

以前ニュージーランド訪れた際は、こんな感じの家が主流だったので、なんだか懐かしい気分になりました。

 

グラバー園建造物③ 旧リンガー住宅(国指定重要文化財)

 

 

イングランド出身のフレディック・リンガーの住宅で、グラバー邸と次に紹介する旧オルト住宅とともに国の指定重要文化財に指定されています。

ベランダで囲まれたバンガロー調の建物で、床には御影石を使用。
木と石の組み合わせが美しい住宅です。

フレディック・リンガーは明治の初めに「ホーム・リンガー商会」という貿易業の会社を設立したり、製茶や漁業、電気、ガス、英字新聞社の設立に携わったりと多岐にわたる事業を展開していました。

また、「ナガサキホテル」という洋風の本格的ホテルの開業や、長崎市の水道水の整備にも尽くし、長崎市の発展に大きく貢献した功労者でもあるのです。

住宅内には、開業当時のナガサキホテルで実際に使用していたフォークやナイフ、刃物類が展示されています。

 

グラバー園建造物④  旧オルト住宅(国指定重要文化財)

 

 

こちらは、1865年に完成した重要文化財の一つである旧オルト邸

イングランド出身で、日本茶の輸出業で大成功を収めたウィリアム・ジョン・オルトが住んでいた石造りの洋館です。

基礎工事には天草の砂石が使用されていて、ベランダは特徴的なトスカーナ様式で造られています。
家の裏には、レンガ造りの炊事場や倉庫も残されていました。

一時期フレディック・リンガーの長男一家もこの家に住んでいたことがあり、家の中にはリンガーの家族の遺品が大切に展示されています。

 

グラバー園建造物⑤  旧スチイル記念学校(移設)

 

 

この学校は、かって東山手の9番地にあった旧英国領事館跡に建っていました。

アメリカの教会の外国伝道局長だったスチイル博士によって建てられたこの学校は、何度か名前を変更しながら、英語教育を中心とした教育で長崎の教育活動に全力を注いだ学校です。
最後は長崎海星高校の校舎として使用されていた後、校舎の保存のためグラバー園に移設され現在に至ります。

 

校舎内には、長崎港の発展の歴史や国際交流に関することが、写真付きでわかりやすく解説されていました。

 

ミッション系の学校で、スチイルという名前は学校を建てる際に資金を寄付してくれた宣教師W・H・スティールの名前から来ているとのことです。

 

グラバー園建造物⑥  旧自由亭

 

 

入口に銅像が建てられている、日本初の西洋料理のシェフで「西洋料理の父」と呼ばれている草野丈吉が経営していたレストラン「自由亭」の建物です。

1878年に開業したこのレストランは、長崎くんちでお馴染みの諏訪神社の近くにありました。

貴賓や地元高官の社交場として利用されていましたが、1886年に草野が死去した後は地方裁判所に買い取られ検事正官舎として使用された後、1973年に長崎市に譲られて現在の場所に移り現在に至ります。

現在は、喫茶室として利用されているので、休憩がてら利用してみましょう。

 

世界遺産 旧グラバー住宅

 

 

こちらが、このテーマパークの看板といえる建造物のグラバー邸。

現存する日本最古の木造洋風建築の家です。
スコットランド出身のトーマス・ブレーク・グラバーが住んでいた家で、「明治日本の産業革命遺産」として、2015年には晴れて構成遺産の一つとして登録されました。

特徴は、西洋風でありながら瓦や屋根に日本式を採用したりと、所どころに日本文化への敬意みたいな部分が見られることでしょうか。

 

この家に住んでいたのが、トーマス・ブレーク・グラバーです。
日本が鎖国から解放された直後の1859年に来日したグラバーは、長崎で外国人商人として名前を広めた後、様々なビジネスを行い日本の近代化や商業の発展に大きく貢献しました。

グラバーが、長崎でやっていたことは枚挙に至ります。

  • 後の初代内閣総理大臣である伊藤博文や明治の実業家五代友厚など、有望な若者に対して海外留学の斡旋を行う
  • 蒸気機関車を日本で最初に走らせた
  • 後に世界遺産に登録される長崎市の高島炭鉱を開設
  • 現在のキリンビールにあたる会社を立ち上げ、社長を務める

といったように、日本の近代化に多大な貢献をしました。

日本でビールを楽しめるようになったのも、グラバーのおかげかもしれませんね。

 

ひろたか
ひろたか

グラバーの息子である倉場富三郎も、トロール漁を日本で初めて導入させたりして、日本の水産業の発展に貢献した優秀なビジネスパーソンです。リンガー住宅に住んでいたフレディック・リンガーが設立した「ホーム・リンガー商会」で働いていました。

 

 

残念ながら、旧グラバー住宅は老朽化を防ぐ為の改修工事を行なっている関係で、住宅内を見学することができません。

外観も全て工事しているので、周囲を囲む通路からの見学だけとなっています。

改修工事は、2021年11月には室内の工事が完了し、室内の見学が可能になるとのことです。
そして外観含めて全面オープンは2021年12月の予定となっているとのことで、新しくなったグラバー住宅がどうなっているか楽しみですね。

 

 

グラバー住宅の近くにある展望台からも、美しい長崎港の景色を見ることができます。

 

グラバー園 長崎伝統芸能館

 

 

グラバー園の出口付近にあるこちらの博物館。
その名の通り、長崎の伝統芸能にまつわる物が展示されている博物館です。

 

 

館内の照明は全体的に落とされた感じになっていて、少し不気味な感じもする博物館でしたが、主に長崎の最大のお祭りで毎年10月に開催される「長崎くんち」に関する展示がほとんどでした。

上記の写真は、長崎くんちで実際に使用されている祝い船です。

 

祝い船の他にも、長崎くんちで使用する様々な飾りや道具が展示されてました。
こちらは、奉納踊りを先導する傘鉾(かさほこ)の上部に飾られる「出し」と呼ばれるものです。

 

 

こちらは、龍踊りの際に使用される龍です。

博物館は追加料金は必要なく、そのまま入場することができます。
小さい博物館ですが、長崎くんちについて知るなら必見の博物館なので、見逃さないようにしましょう。

 

グラバー園までのアクセス方法

 

グラバー園の入口は、メインの第1ゲートと旧三菱第2ドッグハウス横の第2ゲートの2つです。
第1ゲートへのアクセスは、長崎市電5系統の大浦天主堂電停」で下車して、徒歩6分。
お土産店がひしめくグラバー通りの坂を登っていき、大浦天主堂が見えてきたら右に曲がっていけば入口です。

 

こちらが、第1ゲートです。
たどり着くまで、結構坂は急でした。
第2ゲートは、長崎市電5系統終点「石橋電停」で下車して坂を登っていると、グラバースカイロードという斜行式エレベーターがあって、第2ゲート付近まで連れていってくれます。
そこを降りて、リンガー通りに出たら第2ゲートは目の前です。
坂は急なので、こうした乗り物は大変ありがたいですね、

まとめ

今回は、長崎で人気の観光名所であるグラバー園にある建造物を紹介してきました。

異国情緒豊かな建物の数々や、そこに暮らしていた外国人達が日本の近代化のために成し遂げたことを知るのは、日本人として日本という国を改めて知るきっかけにもなって、とても勉強になりましたね。
グラバー園に行けば、日本の発展にとって長崎という街がどれだけ重要な存在だったのかを確認できます。
訪れた際には、美しい長崎港を眺めながら歴史散歩を楽しんでみてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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